ここでは、役員退職給与の事例で争点となる「退職の事実」について説明しています。


1.退職の事実
役員退職給与については、役員退職給与が、そもそも、役員が退職したことに伴って支払われたものであるかという退職の事実が争点となる場合があります。
そして、この退職の事実が一番問われるのは、分掌変更があった場合です。
分掌変更とは、事業を承継させるため、子を代表取締役にして、父が代表取締役を辞任し、監査役や会長などになって子の経営を見守るような場合をいいます。
この場合、父は代表取締役を辞任するので、父に役員退職給与を支給することとなるのですが、この代表取締役から監査役になったことが「形式」だけであって、「実質」は以前と変わらないようなとき、父は役員を辞任したとはいえないとして損金の額に算入できないととされてしまうのです。
この分掌変更の場合の役員退職給与については、法人税基本通達で下記のとおり定められています。

通達では、「実質的に退職したと同様の事情にあると認められること」として、常勤役員が非常勤役員になったこと、取締役が監査役になったこと、分掌変更後の役員の給与がおおむね50%以上減少したことという3つの例示を挙げています。そして、これらの事実があったことに基づいて支給される場合は、役員退職給与として取り扱うことができるとしていますが、これらの例示の文中にあるかっこ書き部分の「常時勤務していないものであっても代表権を有する者」、「実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者」、「その法人の株主等で令第71条第1項第5号《使用人兼務役員とされない役員》に掲げる要件の全てを満たしている者」に該当する場合は、「実質的に退職したと同様の事情にある」とは認められません。
では、どのようなときに「実質的に退職したと同様の事情にあるとは認められない」と判断されるのかを判決や裁決でご紹介します。

2.退職の事実が争点となった事例
(1)退任後の月額報酬が約3分の1に減額されたものの、役員退任後も取締役として経営上主要な地位を占めていたと判断された事例
平成29年1月12日東京地裁 TAINSコード:Z888-2115(平成29年7月12日東京高裁・棄却、平成29年12月5日最高裁・上告棄却及び上告不受理)
(ⅰ)概要
本件は、原告(控訴人)であるA社の設立当時から取締役であり平成16年5月28日から平成23年5月30日までの間、A社の代表取締役を務めていた乙に対する役員退職給与について、役員退職給与の金額を損金の額に算入しないで修正申告書を提出した後、損金の額に算入されるべきであったとして更正の請求をしたのに対し、大森税務署長が、前代表取締役は退任後も原告の取締役として退任前と同様の業務を行っているため、本件金員を損金の額に算入することはできないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、本件通知処分の取消しを求める事案です。
(ⅱ)裁判所の判断(東京高裁も同様の判断をしていますが、東京地裁の判断の方が詳しいので、東京地裁の判断を基にしています。)
乙が代表取締役を退任した後、代表取締役となった甲が原告の営業以外の業務や組織管理等の経営全般に関する経営責任者としての知識や経験等を十分に習得して自ら単独で経営判断(組織管理の判断を含む。)を行うことができるようになるまでは、乙が、原告の経営(組織管理を含む。)について甲に対する指導と助言を行い、引き続き相談役として原告の経営判断に関与していたものと認められる。
また、乙は、営業会議及び合同会議には出席しなくなったものの、原告の幹部が集まる代表者会議に引き続き出席し、営業会議及び合同会議についても議事録の回付により経営の内容の報告を受けて確認し、助言や指導を行うなど、経営上の重要な情報に接するとともに個別案件の経営判断にも影響を及ぼし得る地位にあった上、10万円を超える支出の決裁にも関与していたものと認められる。
さらに、乙は、原告の資金繰りに関する窓口役を務め、主要な取引先の銀行から実権を有する役員と認識されていたほか、営業部長の当時と同様に取引先等との営業活動による外出のため原告を不在にすることの多い甲に代わって対外的な来客への応対を行うなどしており、対外的な関係においても経営上主要な地位を占めていたものと認められる。
以上の諸事情に鑑みると、乙は、原告の代表取締役を退任した後も、その直後の本件金員の支給及び退職金勘定への計上の前後を通じて、引き続き相談役として原告の経営判断に関与し、対内的にも対外的にも原告の経営上主要な地位を占めていたものと認められるから、甲が代表取締役に就任したことにより乙の業務の負担が軽減されたといえるとしても、本件金員の支給及び退職金勘定への計上の当時、役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的には退職したと同様の事情にあったとは認められないというべきである。
乙の月額報酬は原告の代表取締役を退任する前の205万円から70万円に大幅に減額されているが、乙がその減額後も甲と遜色のない月額報酬の支払を受けていることや上記のとおり退任後も引き続き原告の経営判断に関与して甲への指導や助言を続けていたことなどに照らすと、両名の上記変更後の月額報酬は、乙が引き続き原告の経営判断への関与及び甲への指導や助言を続けていたことを前提として定められたものとみるのが相当であり、代表取締役交代後もなお乙が原告の経営上主要な地位を占めていたことと別段そごするものではないというべきであるから、上記の報酬の減額の事実は、乙の役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的には退職したと同様の事情にあるとまでは認められないとの前記の判断を左右するものではないというべきである。
なお、法基通9-2-32は、「分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと」を例示として掲げているが、乙は、上記「役員」から除かれる者を定める括弧内の「その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者」に該当するというべきであるから、乙について本件通達における役員の給与の激減に係る基準を充足するものであるとは認められない。

(2)病気により代表取締役を辞任し、役員給与も半額以下に減額した上で代表権のない取締役会長となったが、実質的に退職したと同様の事情があったものとは認められないと判断された事例
平成29年7月14日裁決(公表裁決)TAINSコード:J108-3-08
(ⅰ)概要
この裁決は、設立時取締役で昭和41年7月に代表取締役に就任したDが、病気を契機として、平成23年5月に代表取締役を辞任し、代表権のない取締役会長となったという事例です。
Dはこの分掌変更に伴い、各取引先に挨拶状を送付して社長を辞任し会長に就任した旨を周知し、金融機関との間の個人保証を解除し、役員給与をそれまでの半額以下に減額していました。
(ⅱ)国税不服審判所の判断
Dが、請求人の3か所の事業所のうちのk事業所の操業継続に支障を及ぼすようなトラブルの解決のために重要な意思決定及びその執行の一部を行っていたこと、単発的に発生する流れ屑の購入取引における流れ屑の評価についてアドバイスをしたほか、請求人の取引先の幹部に対する接待をも担当しており、請求人の営業面においても、相応の役割を果たしていること、さらに、代表取締役である長女のBと金融機関との交渉の場に立ち会い、折衝の場面でも、一定の役割を果たしていたこと、取締役会において、代表取締役の選定及び役員給与の変更についてBや取締役であるFと共に決定したり、経営会議において、数千万円から1億円超にも及ぶ事業用資産の購入をBやFと共に決定したりしていること等から、Dは、本件分掌変更後も引き続き請求人の事業及び人事に関する重要な決定事項に関与していたことが認められる。
これらの各事情からすると、Dは、本件分掌変更後も、請求人の経営上主要な地位を占めていたというべきである(このことは、Dが、分掌変更後1年以上も、他の取締役の給与である月額○○○○円の2倍の額の給与の支給を受けていたことによっても裏付けられる。)。
以上によれば、Dは、本件分掌変更により、役員としての地位又は職務の内容が激変しておらず、Dについて実質的に退職したと同様の事情があったものとは認められない。

【類似の事例】
・平成21年12月17日裁決(非公開裁決) TAINSコード:F0-2-355
この裁決は、料理飲食業の代表取締役の辞任の事例です。
(国税不服審判所の判断)
代表取締役であった■■■■は、代表取締役辞任の登記がされた後においても、請求人の金庫内にある代表者印を自由に使用し、請求人の支払い等を行うことができたとみられ、また、■■■■に係る死亡保険金の出金を自ら行っていること等から、請求人の重要な意思決定権は変わらず■■■■にあったと認めるのが相当である。
さらに、代表取締役が交代したことについて請求人の取引先や従業員に周知された事実はないこと等から、実質的には、■■■■は代表取締役辞任登記以後も対外的に代表取締役であったと認められるとして、■■■■は請求人を退職したとは認められないと判断しました。

・平成27年12月9日裁決(非公開裁決) TAINSコード:F0-2-770
この裁決は、自動車運送業の事例です。
本件役員は分掌変更により、代表権のない取締役となり、勤務形態は常勤から非常勤、役員報酬も半額以下に減額されていました。
(国税不服審判所の判断)
A銀行との面談において、本件役員は、分掌変更後も度々、種々の重要な内容を含む面談を単独でしているし、同行としても、このほかに、請求人への融資に当たり本件役員を連帯保証人として要求するなど、本件役員が請求人の経営上の実権を有していると評価している。
本件役員は、請求人の重要な事業用資産である中古車両の売却の最終意思決定をしている。
同業者団体の行事に請求人の代表者として継続的に参加している。
本件分掌変更から1年経過後に本件役員の役員報酬が約3倍にも増加されている。
これらの事情に加えて、本件役員が本件分掌変更後においても引き続き会長という名称を有し、請求人の全株式の過半数である60%を保有する筆頭株主であることや、代表取締役社長である■■■■が、自分はまだまだ力不足であるので、本件分掌変更後も本件役員に頼っている旨を申述していることを考慮すれば、本件役員は、本件分掌変更後においても請求人の経営上主要な地位を占めていると認められる。
以上のことから、本件役員は、本件分掌変更によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあるとは認められないと判断されました。

・平成24年9月3日裁決(非公開裁決) TAINSコード:F0-2-504
この裁決は、不動産賃貸業の事例です。
(国税不服審判所の判断)
この事例では、①テナント入居募集、家賃等契約条件の提案、賃貸借契約書の作成等を行う不動産管理会社の選定及び決定、家賃等契約条件の決定、テナントの入居可否の決定、賃貸借契約書の締結等は元代表取締役であるAが行っていること、②請求人の実印及び銀行印の管理者はAであったこと、③Aが取締役を辞任して3年半も経過した後に締結された債務引受契約の交渉や契約書への押印は、代表取締役Bが日本に帰国していたにも関わらず、Aであったこと、④Aが取締役を辞任した後においても、不動産管理の元代表取締役は、不動産管理業務に関する報告を全てAに対して行い、また、関与税理士は、請求人の決算及び申告の打合せはAと行い、代表取締役Bに会ったことがなかったこと等が事実として認められ、この事実認定に基づいて、次のように判断されました。
使用人も存せず、家族の他に取締役も存しない家族のみで営まれる請求人のような不動産賃貸業においては、テナント入居の可否及び賃貸等契約条件の決定、請求人の実印及び銀行印の管理、融資契約の交渉及び締結、請求人の決算、申告への関与、税務調査への対応という業務は重要な業務ということができるところ、Aは、請求人の取締役を辞任後も、取締役であったときから引き続き、これらの重要な業務を行っていたものと認められる。
そうすると、Aは、取締役辞任後においても、請求人内における地位、職務等からみて実質的にその法人の経営に従事していると認められ、請求人における法人税法上の役員に該当すると認めるのが相当である。したがって、Aには請求人を退職した事実はないというべきである。

・平成22年7月2日裁決(非公開裁決) TAINSコード:F0-2-513
この裁決は、医療法人の前理事長が、医療法による唯一の代表者たる地位から、登記を要しない名目的地位である理事となったという事例です。
(国税不服審判所の判断)
請求人は、分掌変更により、理事長としての決定権を失ったことから、法基通9-2-32の「…役員としての地位又は職務の内容が激変し…」に該当すると主張しましたが、分掌変更後も理事として理事会に出席するなど請求人の重要な事項の決定等にかかわり請求人の役員としての職務を行っていること、給与も激減したとは認められないことから、実質的に退職したと同様の事情があったものとは認められないと判断しました。

3.コメント
上記の判決や裁決からもわかるとおり、法基通9-2-32にある代表取締役が辞任して、非常勤役員となることや監査役となること、月額報酬がおおむね50%以上減少するということは形式基準でしかありません。
退任後において、元代表取締役が、取引先や銀行等との面談や交渉、従業員や役員の人事、昇給に関する決定、業務に関する重要な意思決定、重要な経営判断などにおいてどのような役割を果たしているか等から、実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められるか否かを判断する必要があります。